永遠の愛をあなたへ
選択
「…っ」
 ギリッと音がするくらいに、一秀はきつく携帯を握り締めた。
 そして気持ちを落ち着かせるために、大きく息を吸い込み数秒息を止めて吐き出す。
 弟の一輝につながらない携帯をスラックスのポケットに入れて自席へ行く。
「すみません、戻りました」
 担当してくれている先輩社員に頭を下げて再びPCの電源を押す。
 軽いステップを踏むようにリズミカルにキーボードの上で指を躍らせた。
 ―――早く仕事を終わらせる。
 兄さんと黒川さんのことなんてどうなろうと知ったことではない。
 どうにかなってくれれば、一人敵が減る。
 しかも自分の手を動かさずに。
 そして、あとは一輝だけだ、と一秀は手を休めずに口を結う。
 今、気がかりなことは―――真がどうしているか―――だ。
 一秀自身、知る術は無い。
 それがもどかしくて、悔しくて。
 真の笑顔も全て自分のもので、誰にも触れさせず瞳に映すのは自分だけだと何も見せたくないのに。
 ずっと今までそう考えていたのに。
 結局は自分自身どうすることも出来ないことがあるのだと知った。
 この感情は怒りも苛立ちも焦燥も―――全ての感情を持余すほどに凌駕して体中を掻き毟りたくなる。
 子供じみた独占欲に笑いが零れそうだ。
「兄さんに番号を聞くなんてそんな格好が悪いことなんて出来るはずない」
 教えてくれるはず無いだろうケド、と一秀は容易に辿りつくわかりきった結論を導き出す思考回路を、今度こそ仕事に切り替えた。
 


 栄盛は黒川の手を音を立てるほどに払いのけた。
 そして一歩後ずさると椅子にぶつかり、栄盛はバランスを崩してそのまま座り込んだ。
 手の甲で唇を拭う栄盛に黒川は眉を顰めて―――全てを遮断するように手のひらで、きつく閉じた視界を遮る瞼を覆う。
 時の流れを忘れさせるほどの…………重たく苦しい時間。
 その重い沈黙を破るように黒川が口を開いた。
「…………すまない……悪かった」
 黒川は声を絞り出すように謝罪する。
「黒川」
 栄盛の声は決して断罪するものではない。
 けれども黒川は何度も謝罪する。
「俺は…………俺は…………栄盛、お前のことを……俺はっ」
 『好きだ』
 たった一言なのに。
 伝えることが出来ない。
 気持ちを伝えた後は―――どうなる?
 共に肩を並べて、仕事をこなしていけるのか?
 栄盛が気持ちを受け止めてくれたならいい。
 ―――でも、その逆は?―――
 決して栄盛と共に、仕事は出来ない。
 今までずっと守り続けた栄盛の『隣』を離れる覚悟はあるのかと、黒川は自身に問いかける。
 答えは出ている。
 けれども黒川の理性に相反して、身の内に巣食う熱い炎は、うねり体中を巡り暴走という爆発を起こそうとする。
「黒川…………黒川……黒川」
 栄盛に何度も呼ばれ、黒川はおずおずと学生時代から想いを寄せる男を視界におさめた。
「選択肢をやる」
「選択肢?」
「大切な友人で、大切な社員だ。失いたくない」
 首を傾げるも、はっきりと友人と言われて黒川はぐっと噛み締めた。
「私は血の繋がった弟を愛している―――ずっと、だ」 
 知っているだろう?と聞いてくる栄盛に黒川は頷いた。
「それはこれからも変わらない」
 黒川は息が詰まりそうになる。
 込み上げて来る熱に喉を焼かれて―――でも、吐き出すことは許されずに、耐え忍ぶだけだ。
「だから、選択肢をやる。選べ」
 栄盛は何も言わない。
 何を選択するのかを明かそうとはしない。
 ただ、真っ直ぐに黒川を見つめてくる。
 その視線の意味は………―――何も無かったことにしてもいい、という『 赦 し 』。
 黒川は瞼を閉じて深く息を吐いた。
 栄盛は、失いたくない、と言ってくれたのだ。
 この狂い焼きつくす炎は相手の身を焦がすこともなく―――黒川は拳を握り締め体の奥底へと潜ませた。
「仕事に戻る―――お前も仕事をしろ。真君の所へ行けなくなるぞ」
 黒川は自分の心を殺してでも栄盛の『隣』に立つことを選んだ。
 それは決して厳しく険しいものではないと黒川は言い聞かせる。
 ずっと共に肩を並べられる喜びを選んだ―――友人として―――。


 

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