家を出たときは晴天だった。 曇り始めたのは昼休み頃からだったろうか。 月一の会議を終えて部員たちを見送り、一人きりになった静かな部室は今、窓を叩く雨の音に支配されている。 止む気配どころか、雨音は一層強くなるばかりだ。 「……最悪」 吐いた息で白くくもった窓を手のひらでさっと擦り、ずぶ濡れを覚悟して鞄を掴んだとき、部室のドアは予告も無く開いた。 「びっくりした…まだいたのか」 部員たちは皆、この雨だから帰ったと思っていたのに。 「教室に忘れ物を取りに行ってました、今日は会議だけなのにまだ部室の電気がついてるのが見えたから消し忘れたのかと思って……戻ってきました……」 微苦笑しながら「センパイこそまだ帰ってなかったんですね」と言いながら、傍へ歩み寄ってきた後輩を見上げた。 「雨全然止みそうにないですね」 「そうだな」 「まだ帰らないんですか?」 「いや、帰るところだったんだ」 「じゃぁ、行きましょう」 そう言われて先に部室を出るように促されて、廊下で待つ。 後輩は部室の電気を消し、静かにドアを閉めた。 会話も無く昇降口で傘をさす後輩と目が合った。 「センパイ?」 「…今日、傘持ってきてないんだ」 ぼそりと呟いた声は雨音に消されることも無く後輩の耳に届いたようだった。 「もし、嫌でなければ………」 さした傘を傾けて後輩は少しはにかんだ。 「………ありがと」 俯きながら、か細い声でお礼を言い、傘の中に入る。 「センパイの家どこですか?送ります」 「いや、遠いから……コンビニで傘買うよ……だから」 いいよ、と続く言葉は喉の奥で苦くわだかまった。 後輩の悲愴な面持ちを前に、遠慮して出たはずの自分の言葉の罪悪感に縛られて「知らねーぞ、本当に遠いんだからな」とぶっきらぼうに言って視線を逸らした。 頭一つ分くらい背の高い後輩をちらりと盗み見れば先程とは打って変わって緊張している。 あの時も雨で、やっぱり傘なんて持ってなくて…でも、あの時はクラスメイトに傘を借りたんだっけ。 今隣を歩く後輩のあの時のあの言葉が頭の中で鮮明に甦り、あの時間に引き戻されたようだ。 『センパイが好きです。付き合って下さい』 腰を90度に曲げながら頭を下げる同性の突然の告白に、うろたえて―――逃げた。 きっと、確実なる拒絶と捉えただろう。 でも俺はあれから意識し始めて――――――ずっと自分なりの答えを探して―――――― 「あのさ」 驚いたのかピクリと肩が上がる。 自然にお互い歩を止めて向かい合い、そして視線が絡みあって。 「この前のアレ…返事……してなかったなって思って」 雨が傘に打ち続ける音の下、ゴクリと喉が上下する音が聞こえた気がした。 気持ちを静めるために一呼吸して。 「その……雨じゃなくても……これからは一緒に帰らないかっ」 最後は早く高鳴る心臓に煽られるように早口になって。 あまりの恥ずかしさに顔を上げられず固く固く目を瞑る。 垂れた頭に触れる唇に気が付いて勢い良く見上げれば、見惚れるほどの幸せそうな笑顔。 「センパイが好きです」 それは記憶の中の言葉ではなくて、今心と体をあたたかく包みこむ幸せの言葉。 これからは彼の傘が無くてもきっと―――
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